
丸野一樹インタビュー(2026年8月号)
6着の覚悟

――オールスターについてもお聞かせください。26%のモーターを引いたわけですが、初日2日目の感覚はどうだったんですか。
丸野 前検日はプロペラも見ずに乗って、26%だけど普通に進んでるなとは思ったんです。記者さんが、前節の方はノーハンマーで乗って、すごく乗りやすかったと言っていたって教えてくれたんですけど、実際に乗りやすかったですし、舟足も下がることはなかった。それで初日(1号艇)はノーハンマーでいったんです。この乗りやすさがあって、スタートさえ決まれば逃げられるだろうなって。
――初日は1回乗りで逃げ切りでした。
丸野 それで2日目。11R1回乗りで6号艇で菅(章哉)さんがいました。初日に馬場さんがチルト3度に対抗してチルト1・5度に跳ねて。
――ドリーム戦で菅さんが5号艇、馬場さんが6号艇でしたが、馬場さんは5コースを選択してましたね。それでチルト1・5度。
丸野 馬場さんは菅さんを抑えて3着でしたけど、馬場さんの一日の作業を見ていてので僕もチルト1度まで試運転ではやったんですよ。
――あ、そうなんだ。
丸野 僕も何回もまくられてきてますからね。完全にプロペラを叩き変えて伸び仕様に振って、菅さんを止めてやろうと思ったレースだったんですよ。
――実際は1度で走ってないですよね。
丸野 スタート特訓までは1度で行ったんですけど、チルト1度とチルト0・5度の違いがわからなかったので、本番は0・5に下げていきました。
――0・5度もあまりやらないですよね。
丸野 はい。それで人生で初めて14秒起こしというものもやりました。
――スタート14秒前に起こした。
丸野 できるだけ回転も押さえてますし、できるだけ後ろから起こしたかったから。それで展示はコンマ41だったんです。その時点でまったくスタートがわかってなかったので、慣れへんことしたらダメよな、って。それでもわからんなりに行くしかないと思って、本番は展示より3艇身くらい前から14秒で起こして。そしたら起こした瞬間に菅さんのモーターが鳴いたんですよ。それでもう来ないとわかったので、そこからは安心してアジャストしていったんですけど、結果、たまたまコンマ08というタイミングになった。4コースの今垣(光太郎)さんがまくっていって、展開が開けての1等。
――さっき、6着覚悟のレースって言ってましたよね。
丸野 スタートで遅れて菅さんにまくられて6等という未来も受け入れなければというレースだったんですよ。やったことないわけだから、7割8割は失敗してもおかしくない。だからゴンロク獲ることも心の準備をしてレースにいったんですよね。そこで1等だったから、これは流れがいいのかなって。そこからさらに流れがいいなと思ったのが、3日目は前半6号艇だったんですよね。だったらこのままの調整でいけるじゃん、って。4号艇が新田雄史さんで、新田さんよりは伸びると思ってたので、伸び仕様を残したまま前半のレースに行けたのは大きかったですね。
――3日目は2回乗りで、後半は2号艇で2着。これで得点率トップに立ちました。4日目を前にスイッチは入りました?
丸野 まあ、番組を見たらちゃんと(佐藤)翼さんと直接対決になってましたしね。
――翼さんが得点率2位だった。
丸野 翼さんが2号艇で僕が4号艇、それで先着するしかなかったんですよね。もし翼さんより着が1個下になったら、着順はすべて同じになって、でも上がりタイムで負けてた。だから先着するしかないという状況だと把握してました。
――見事なレースでした。5コースに出たわけですけど、まくり差しで2着。翼さんには先着しました。
丸野 スタートからちゃんと攻めることができたレースでしたね。スタートから1周1コーナーは100点だったと思います。
――それでいよいよ優勝が視野に入りましたか?
丸野 その日の夕方のお風呂くらいがいちばんしんどかったですかねえ。
――おっ。
丸野 翼さんに先着したことで1位をもぎ取れた、未来を切り開けたという達成感。でもまだ何も成し遂げてないぞという気持ち。それがすごく交錯してましたね。
――トップ通過が決まったとき、少し話をしたじゃないですか。僕の感覚ですけど、もう緊張が始まっていると思った。
丸野 ああ、そうでしたね。
――ただ、その緊張から逃げようという雰囲気がなかった。それを感じて、きっと大丈夫だと思ったんですよ。
丸野 それを乗り越えてこそ強くなると自分のなかでは思ってましたね。緊張とかプレッシャーを受け入れて、それをしっかりと感じたうえで(インから)逃げなければ、ちゃんとした意味でのSGウィナーにはなれないなと思ってました。だからプレッッシャーから逃げようとはまったく思ってなかったですね。
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