
BBスタッフ「毎月旅打ち」(2026年7月号)
二日目 仏滅のサンバ

5月12日、仏滅の午前10時30分、児島駅前から循環バス「とこはい号」に乗り込んだ。
「あ、やば……」
バスが動き出した直後、ボーンヘッドに気づく。いつもの習慣で、サンダル履きのままだ。確か、東京ディズニーランドの乗り物は、サンダルNGではなかったか。
10分後、「ブラジリアンパーク 鷲羽山ハイランド」の入場門に着いた私は、真っ先に受付嬢に尋ねた。
「あのぉ、サンダルで来ちゃったんだけど、乗れない乗り物ってありますかね」
受付嬢は一瞬きょとんとしてから、キャハハハと豪快に笑った。
「いやぁぁ、ウチは大丈夫です。落とさないよう気をつけて!」
さすがのブラジリアン気質。私もつられて笑ったのだが……午前11時、中央広場の「サンバ・ショータイム」でその事件は起こった。
まずは【恐怖写真】をご覧いただきたい。おわかりいただけただろうか。一見、何の変哲もない広場の写真だが、人間はひとりとして写っていない。つまり、だだっ広い空間に客は私ひとり。
そんな唯一の客を目がけて、ふたりのサンバダンサーと歌手のオッサンが踊りながら歌いながら、ぐんぐん近づいてくるのである。
「やべぇぇぇっ!」
私は失禁しそうになった。この11時のショーは、客とダンサーが一緒に踊るハッピータイム、なんだとか。100m……50m……30m……半裸のダンサーの視線は、唯一の“獲物”にロックオンされている。
「ぐわぁぁぁ、きっと来る!」
私は脱兎のように逃げ去った。サンバダンサーさん、ごめんなさい。でも、怖すぎた。誰もいない広場で、サンバを踊らされる64歳の不気味な姿を想像するだけで、怖くてオシッコが漏れそうだった。



危うく難を逃れた私だったが、この魔境の遊園地はその後も恐怖の連続だった。赤サビの鉄柱がギスギス揺れるジェットコースター、死ぬかと思った。高い山の上にそびえる巨大観覧車、高所恐怖症の私には地獄だった。同じく高所のレールを自転車みたいに自力で漕ぐスカイサイクル、怖くて乗れなかった。バンジージャンプ、試す気力もなかった。
「生きててよかった」
14時40分、息も絶え絶えに「とこはい号」に乗り込むと、スマホ画面で児島8Rがはじまった。5号艇が上田紗奈55号機。もう舟券は仕込んである。保険の【⑤-全-全】と、③中村かなえを絡めて都合6800円。ツアー最後の勝負舟券だ。
「よっしゃっ!」
心の中で叫ぶ。バスの中の第8Rは、5コースの紗奈55号が凄まじいまくり差しで突き抜けた。さらに、ヒモ軸で選んだ③かなえが3番手に粘っている。このまま⑤-①-③なら209倍×3枚で大勝利。児島にもう一泊して豪遊できる!
「かなえっ!!」
心の中で叫んだ。つもりだったが、どうやら口からダダ漏れしたらしい。何人かの乗客が「へっ?」ってな顔を私を向けた。普通のバスの中で、いきなり女の名前を叫ぶジジイ。怖い光景に違いない。

午後3時6分。「児島ボートレース場正門前」で降車した私は、レース場ではなく門前酒場に向かった。Oさんのいる「和泉鮮魚」に。
「おお、また来てくれたんか。ハイランド、怖かったじゃろ」
Oさんがにんまり笑う。ずっとふたりっきりだった前日とは違って、4人の常連客がモニターを眺めながらチビチビ酒を飲んでいる。
「マジ、死ぬかと思いました」
うなだれながら答える。遊園地も怖かったし、8Rも悲惨だった。ヒモ軸のかなえが最後に抜かれて、209倍の夢は悪夢に……。
「ほい、さわらの煮つけとあさり汁。これでも喰うて、生き返りぃ」
生きるシカバネ状態の私の前に、Oさんは無造作に皿と椀を置いた。そこからだ。ふと我に返ったら2時間が経っていた。
「ヤバ、帰んなきゃ」
何杯目かのタコハイを呑み干すと、Oさんが小声で言った。
「本当は昨日な、店に入れるか迷ったんじゃ。靴下も履かんとサンダルじゃったろぉ。この店に裸足で来る人間はよっぽどダメダメな奴か、よっぱど怖いんか、どっちかしかおらん」
「はあ」
「で、よう見たら髪の毛くしゃくしゃでハゲ散らかしとるでぇ、怖いっぽい人ではないなぁ、と」
「はあ」
どうやら私は、ダメダメのハゲ人間として入店を認められたらしい。
「ま、なんだかんだで、逢えて良かったわ。また遊びぃ来てな」
店を出てからも、私の頭は妙にぼんやりしていた。「和泉鮮魚」という店も、Oさんも、私の幻想の中の産物に思えてならなかった。
竜宮城みたいな門前酒場、怖い。
思いながら、レース場の最終バスに乗り込んだ。
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