
BBスタッフ「毎月旅打ち」(2026年7月号)
一日目 747倍の悪夢

翌朝、快速マリンライナーで児島駅に着いた私は、西口から真っすぐ延長上にある「民話通り」を散策した。ストリートの両脇に、児島周辺にちなんだ民話のパネルが9話。通路の真ん中に、小学児童が描いたイラスト12点。ほとんどがおどろおどろしい怪異談なので、いくつかのストーリーはP52の連載「妖」に収録するとしよう。
さあ、いざ舟券出陣! 無料送迎バス乗り場に行くと、出発1分前なのに乗客は誰もいない。
「流れる(運休)かと思ったわ」
運転手がケタケタ笑うと、ドアが閉まる寸前に中年男性とブツブツつぶやくお婆ちゃんが滑り込んだ。
貸切じゃなくてよかった。
なんとなくホッとしながら右前方を見ると、お婆ちゃんはやはり何事かをブツブツつぶやいている。耳を澄ませて、やっとその声を聞き取ることができた。
「がんばってもあたらんがんばってもあたらんがんばっても……」
推定90歳くらいのお婆ちゃんは、このフレーズだけを繰り返している。うん、気持ちは痛いほどわかるけど、ちょっと怖いぞ、お婆ちゃん。
ボートレース児島に着くと、正門を入ってすぐのスタンドは一大工事中(来年秋に完成予定)で、それ以外は怖いくらいピッカピカにリニューアルされていた。このあたりは本誌4月号で担当Gが詳報してるので、私が書く必要もないだろう。


さあ、頼むぜ、紗奈55号機!
折しも第5Rの締切5分前、私は心の中で叫んだ。今回の舟券テーマはふたつに絞り込んでいる。
★作戦A/①アタマは買わない
★作戦B/上田紗奈55号機と心中!
これだけ。作戦Aはいつものこととして、重要なのは作戦Bだ。児島55号機は、私が早くから惚れ込んでいる伸び型モーター。で、上田紗奈は伸び盛りの若手女子。この両者の合体は、実に魅力的なのだ。
5Rのオッズを見たら、3号艇の紗奈55号は怖いほど人気薄だった。
いきなりチャンスレース! ③のアタマ固定? 2着も買っとく?
時間が逼迫するなか、私が選んだのは3連単【③-全-全】など③アタマ固定のみ。したらば、紗奈がトップスタートから豪快に絞めまくり、さらなる人気薄の④村上彰一がズッポシのマーク差しで④-③-⑥は74720円!?
「紗奈ちゃんの2着流し、買おうと思ったじゃん、俺」
「紗奈ちゃん、まくり切ってよぉぉぉ、③-④-⑥でも400倍だったのにぃぃぃ」
何年たっても、死んだ舟券の齢を数える悪癖は治らない。そして、何年たっても、変わらぬ悪夢にうなされつづける。裏目、怖い。


747倍という数字にとり憑かれた私は、また夢遊病者のようにふらふら歩きつづけた。ふと気づけば、見知らぬ店の前に立っていた。
「いらっしゃ……」
開けっ放しのドアをくぐると、大将らしき男が眉をひそめた。5秒ほど、私の全身をじろじろ見まわしてから、「どうぞ」と低い声で言った。先客はなく、ふたりっきりだ。
左手には水槽があって、タイやヒラメが舞い踊っている。右を見ると、陳列棚に天ぷらや煮つけがちんまり並んでいる。
「喰いたいもんあったら、勝手にとってや」
大将らしき男は、TVモニターを見ながら言った。6Rの展示タイム。チルト3度の⑥眞鳥康太だけが異様に速い。
「眞鳥の20号機なぁ、回り足のええエース機なんじゃが、チルト3度でどんなんなるか、おもろいけど買いにくいわなぁ」
独り言なのか、私に話しかけているのか。よくわからんが、舟券好きが横顔に滲み出ている。
「面白そっすね、じゃあ買ってみます、眞鳥20号機のアタマ」
私がスマホを持つと、大将らしき男はやっと笑みを浮かべた。
「ほぉ、当たるとええな。ワシゃスマホでは買わんでな。アレ使うと、なんでかなぁ、ナンボ入れても最終レースまでになくなるんじゃ」
ガハハハ、豪快に笑う。そこからだ。ふと我に返ったら、3時間が経っていた。大将らしき男、Oさんの身の上話があまりに面白すぎて、3時間、笑い続けていたらしい。


「Oさん、児島でいちばん怖い場所って、どこですかね」
今回の旅打ちテーマは「恐怖」。笑い転げてばかりはいられない。
「ふぅん、児島で怖い場所なぁ」
しばし腕を組んでから、Oさんはキッパリ言った。
「鷲羽山ハイランド。ありゃ怖い。ある意味、恐怖のカタマリじゃ。怖~い事件も起きとるでな」
即座にググってみると、大きな事故が2度ほど発生している。2017年8月12日と2019年5月12日……。
「ほぉ、どっちも12日。ほんで、明日は5月12日かぁ」
Oさんの目が鈍く光った。
「ってことは、明日も怖~い事故が見れるやもしれんし、逆に見られる立場になるかもしれんな」
「ちょ、やめてくださいよ」
「ほんで、明日はな……」
Oさんがニヤリ笑う。
「仏滅やぞ」

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